もうずいぶん前の話で、すでに時効が成立している気がするのでここに書き記す。友人から妙な人物を紹介された。坊主頭で辺りを威圧するような殺気を放つ胡散臭い男Aである。Aは弁当屋を生業としているらしいが詳しい事情は不明だ。私のカンでは極道ではないかと思った。終戦直後のバラックが未だに残る貧民窟の片隅に小さな土地を借り、そこに工場付アパートを建て、その2階で妻とつつましく暮らしていた。極道は極道なりの小市民的生活がそこにはあった。あまり豊かとは言えないまでも1階に住む怪しい外国人労働者から入る僅かばかりの家賃が何がしかの彼らの生活の足しにはなっていた事は確かだ。
一応、弁当屋は有限会社で運営しているらしく、その会社変更をお願いしたいとの事。私は仕事であるからえり好みせずに受けることにした。このAの奥さんBがかなり変な人で、以前麻薬をやっていたとかいないとか。はたまた拳銃を保持していて警察に捕まったことがあるとか無いとか。そんな噂が絶えない、いわくつきの女であった。そのためできるだけBには会わないで代理人を通じて書類のやり取りをした。
さて、無事に仕事が終わり、これで縁が切れたと喜んでいたが、そう簡単に行かないのがこの世の難しいところ。順調に見えた弁当屋が苦境に立たされたのである。原因は簡単で、この手の世界の人々は縄張りを非常に重視する。Aはしばらくある縄張りで商売してきたが、このAの親分さんが刑務所からお出でなさったのである。Aは当然親分に出所祝いの挨拶に出かけた。するといきなり「オイ、お前の島(縄張り)返せ。」そう通告された。困ったのがAである。商売をする場所がなくなれば飯の食い上げだ。様々な手を尽くすが結局この弁当屋は潰れた。あとに残ったのが弁当工場とそれに付帯するアパートである。アパートのローンはまだかなり残っており、とても1階の人々の家賃では返済仕切れない。そしてとうとうAはこのアパートの2階の自室で首を吊って自殺を図ったのである。瀕死のAはその後病院で息を引き取った。当然ローン支払いが滞り、裁判所は競売を始めた。
競売開始後数日して友人がこの事件関係の書類をもって現れる。「この書類見て。」渡されたのでしばらく読んでみるがどうも内容が変だ。オーナーが自室で自殺した件が一言も触れられていない。「なんだこれは。」私が呆れて書類を返すと友人は「この物件落した奴がいたら、自殺物件だとチクってやろうぜ。」そういたずらっぽく笑いながら言った。「そのあとどうするの。」聞くと「このアパートをうちで買うのさ。事故物件だから安く買いたたける。」こうして私たちは愚かな落札者が出るのをしばらく待つことにした。数日後、この事故物件を落札した人が現れた。友人は私の目の前でその人物に電話し、今までいきさつをすべてばらした。翌日、落札者が辞退したとの連絡が入る。さてこれからどうするか。競売が成立しなければ融資した銀行は困る。そこで友人は銀行に押しかけて任意売却を勧めることにした。私はそんな話はうまくいくわけがないと踏んでいたが、銀行側は自殺物件という弱みもあり、こちらの条件をあっさり受け入れた。
このようにして私の希望とは裏腹に反社会的な人々との付き合いが始まったのである。それから私と友人は故Aの奥さんBと会うべく足しげくこの極道アパートに通う日々となった。現保有者であるBの承諾さえあれば任意売却はうまくいく。しかしこの購入作戦は順風満帆とはいかなかった。Bがとんでもない女だったのである。