空き家所有権争奪事件

行政書士事件雑記 行政書士事件簿

 不動産ブローカーのA氏がまた変な仕事を持ち込んできた。大体においてA氏経由で来る仕事にろくなものは無い。気が進まないが乗りかかった船には乗らずに居られない損な性分が今回も災いしているようだ。

 物件は会社から徒歩10分ほどにある戸建て住宅で、相続と所有権に関する紛争が絡んでいる。建物も土地も権利書がなく、誰がその権利を得るかでA氏と他のチンピラ不動産屋が攻防を繰り広げているようだ。当時は今と異なり、権利書が無い場合は保証書なる物が必要で、法務局から物件に届く1通のハガキが重要なポイントとなる。つまりこのハガキこそ権利書とほぼ同じ価値を持つのである。A氏はこのハガキを敵対不動産屋に横取りされないよう、物件に立てこもっていたのである。しかし、悪い事にこの物件は事情により解体工事中で、家は一部がすでに取り壊されていた。そこをA氏が解体屋に脅しをかけて作業員を叩き出し、居座り始めたのである。

 携帯に電話すると「イヤー、暑くてまいる。時々ポストの辺りをチンピラが通るので脅しているよ。今晩あたり様子見にこない。」そんなA氏が何となくかわいそうになり、コンビニで購入したおにぎりや菓子パン、水を持って物件に向かった。

 さて、夜8時を回り、すでに辺りは真っ暗であるが、A氏が立てこもる物件に照明はない。不思議に思い、壊れかけた物件の玄関扉を思いっきり蹴飛ばして中に突入すると真っ暗闇な部屋でA氏と手下のB氏がくわえタバコであたふたしている。「驚いた!。何だ渡邊さんですか。敵対するチンピラ不動産屋の手下が殴り込んで来たのかと思いましたよ。」私は「何で真っ暗なんですか。」聞くと「電気が無いのでこんなありさまですわ。渡邊さんは確か電気工事士ですよね。どうにかならないですか。」聞かれたのでその場で差し入れ食料を渡してから外を懐中電灯で探ってみた。一応、電線からの引き込み線は断線していないようなので、電柱から徐々に線をたどっていくと電線の末端につながった電力量計をガレキの中で発見する。持ち上げてみるとまだ電気は来ているようだ。つなげば何とかなりそうだ。私は家への引き込み線を探し出し、電力量計の家側端子に線をつなぎこんだ。その瞬間、家がパット明るくなり、扇風機も回り出した。

 中に戻るとA氏が「さすがですな。これで何とか今夜は過ごせそうですわ。このお礼は必ずします。もちろん仕事でね。」私は「ハガキは明日には来そうですか。」「わからない。多分明日の午前中には届くと思います。敵達も狙っているようで、さっきから変な奴らが暗い家の周りをうろうろしていますよ。」私は「大丈夫ですか?」「ほらこうして武器もありますから。」そう言いながら木刀を見せてくれた。全く木刀とは貧相な武器である。どうせなら1メートルくらいの軽量バールでも持てば良いものを。木刀持った男2人では凶器準備集合罪で逮捕されても文句をいえない。解体途中の家なのでバールなら仕事の道具だと言い張ることができるのに。最もそんな事をいえばバールを金物屋で買ってきてくれなんて言い出しかねない。私が購入したバールでけが人や死人が出るのも気色悪いので黙っていた。

 私は「では頑張って下さい。吉報をお待ちしております。」そう告げてから物件を後にした。しばらくぶらぶらしてから後ろを振り返ると照明が付いた半分壊れかけの家が暗闇の中でおぼろげに鎮座している。しかし奇妙な気配がする。家が薄く消え入りそうに見えるのである。この時私のカンが働き、この事案はうまく行かないのであろう事をうっすらと感じ取ることができた。そして本当にこの事件はにっちもさっちもいかなくなり、A氏は骨折り損のくたびれ儲けの結果となった。「貪欲な人はどんな財産も受けることは無い。」とは良く言ったもので、その後A氏の消息はぱったりと途絶えた。