別府に白い泥で出来た温泉があるという。調べてみるとかなり山の中で、荒れ地に池のような白泥温泉が点在し、客は体全体を白くしながら温泉に浸かるらしい。興味を抱いた私は北九州空港まで飛行機で飛び、朽網(くさみ)という変わった名の駅から日豊本線で別府を目指した。
別府駅からは目指す温泉まで路線バスに乗る。ひなびた停留所で降りるとそこは何もない山の中であった。あたりを見回すと森の中に木造のなにやら汚い建物が見えた。ここかなとあたりを付けて入ると、それが白泥温泉の受付で、何となく薄気味悪いおばさんの案内で脱衣所に向かった。素っ裸でタオルを持ち、「温泉はこちら」と書かれた扉を開けて外へ出ると、そこは青空に雑草が生えた荒れ地がどこまでも広がる野っ原であった。気分としては裸でいきなり山の中をハイキングする感覚である。気恥ずかしいというか気まずい感じで、まるで昔流行したストリーキング(裸で町をランニングすること)をする変態男になったような気分である。それでも気を取り直して荒れ地の道をサンダルでとぼとぼ歩くとやがて2分ほどでいきなり草むらの中から白い池が現れた。見ると先客がおり、もちろんおっさんであるが、池の中に渡してある竹竿をつかみながら歩いている。私も恐る恐る池の中に降りると、足先からずぼっとした感覚で暖かい泥に沈み込む。やがてぬめぬめした状態で体が徐々に泥の中へ入っていく。温度はちょうどよく、快適であるが、足先が熱いので、多分下から温泉が湧いているようだ。しかし、時間の経過とともに体が底にどんどん沈み、全身が埋まりそうになる。これでは泥沼で窒息する。焦った私は近くにある竹竿をつかんだ。これで竹竿の意味が判明する。これがないと底なし沼のように全身が泥に沈み、死ぬのである。コツがつかめたので竹竿を頼りに池の奥へと進んでじっとしてみた。快適な温度なので10分以上浸かってもなんともない。また泥がすべすべするので、これを顔に塗って遊んでみた。
そういえば昔、裸で全身を白く塗って踊る山海塾という変わった前衛踊りグループがあった。クレーンで足の部分を固定して吊り下げ、高所でさかさまになって空中で腕を動かす変な踊りをする奇妙奇天烈な集団である。確かアメリカ公演でロープが切れ、落下して1人死んでいたと思う。私はその踊りの集団の一員になったような気分で、少し腕を頭の上で回してみたが、恥ずかしいのでやめた。
今いる池の隣にも別の大きな池があるようなのでそこにも行ってみた。大きい池なので客が数人おり、皆思い思いのやり方で白泥を体に塗っている。そこに60歳くらいのおっさんがやってきて「埼玉から車を飛ばしてきた。ここの温泉は最高だ。」などと言いながら池に入ってくる。なんでもかなりコアなファンのようで、年に何回もこの白泥温泉に来ているようだ。一説にこの白泥は美肌美白効果があるなどと喧伝されているが、埼玉のおっさんの顔を見る限りそうでもなさそうだ。
さてこの白泥をどこで落そうかと考えていたら通の方が「この道の先に普通の風呂があるよ。」というので行ってみると確かに木造の温泉館があり、左右に分かれて男館、女館とあった。ゆっくりと男館の方へ向かうと、なんと女館のところで全裸白泥姿のおっさんが建物をよじ登り、4メートルくらいの高窓から女湯を覗いているではないか。ここで私が「コラ!」とか言えばそのまま裸で地面に落下することになる。これはかなり恥ずかしい状態であり、下手をすれば死ぬなと考え、あえて何も言わないで無視して通過した。
中で綺麗に泥を落とし、ごく普通の湯につかり、さっぱりして出てきた。夕刻のバス停でバスを待ちながらあの全裸白塗痴漢男は無事に脱衣所に戻れたか少し気になっていた。山海塾の男のように地面に落下して死んでいなければ良いなと思うのである。