VIPルームのいじめられっ子

高校生日記

 高校時代に不思議な友人がいた。A君である。そんな彼にはクラスでたった一人しか友人がいなかった。それは私である。彼にはある悪癖があり、それは授業時間が終わるたびにトイレで大便をするのである。普通はそんなに出ないであろうと思うのであるが、彼は毎回行くのである。午前に3時限あれば3回。一日6時限あれば6回行く。なお悪いことに毎回必ず授業に遅れてくる。授業が終わるとまず生徒の目が彼を追う。当然のごとく彼はトイレに行く。そして、授業が始まり、5分から10分するとコソコソと教室に戻ってくる。先生はそれを見てまたか、というやや呆れた顔をするが特に注意をしたり叱責することもなかった。それでもこの年齢の少年たちは残酷なものである。他と異なる行動をする生徒は当然いじめの対象になる。A君もクラスの悪童どもの格好のいじめの対象になった。

 ある日のことである。昼食が終わり、皆が校庭で野球をしたり雑談をしていた時間である。A君はいつもどおり昼休みのあいだじゅうトイレにこもっていた。その時悪童どもはバケツに水を満タンに入れ、男子トイレの個室にいるA君に水をかぶせようと計画していたのである。A君に気づかれないようそろりと近寄る。一人がバケツを持ち、一人がそいつを肩車して思いっ切りバケツの水を中にぶちまけたのである。A君はさすがにこれには参り、びしょ濡れになりながら個室から飛び出してきた。それでも怒って殴りかかることもなく、ただただ悲しそうに静かにうなだれているだけであった。

 そんな事件があってしばらく後、いつも通り授業に遅れて入ってきたA君にとうとう担任の先生の怒りが爆発した。「何で毎回クソをするのか。何で毎回授業に遅れてくるのか。何かの病気なのか。なら病院に行け。」激しい口調で怒鳴られたが、それでもA君はただただうなだれて悲しそうにするばかりであった。そしてその時間の授業が終わると、やはりA君はトイレにこもった。

 ある朝、学校行くとA君がいない。もうトイレにこもっているのかなと想像するが、授業が始まっても彼は現れなかった。そんな日が数日続いた。心配になった私は周りの生徒に「A君はどうした。最近見ないぞ。」聞くがどうも要領を得ない。仕方なく授業終了後に職員室に出向き、担任の先生に動向を聞くことにした。「A君ね。彼は今病気で入院しているんだ。でも手術が無事終わり、今日あたりなら面会できるよ。」そう言って病院の名称と住所を書いたメモをくださった。私はそれをたよりに見舞いに行くことにした。

 辺りが暗くなるころ、病院に到着し、A君の病室を探すとすぐに見つけることができた。この時初めて知ったのであるが、彼の父親はかなりの資産家らしく、なんと彼は個室のVIPルームに居たのである。A君は意外に元気そうで、私を見つけると大そう喜んだ。「渡邊君は他の子と違い、いじめとかかかわらないよね。」「僕はそういうのは嫌いなんだ。」そんな話をした。脇で父親が聞いていて、「渡邊君の事は息子からよく聞いていますよ。クラスで唯一の友達だそうで。これからも仲良くしてやってください。」そういわれるといささか照れるが、別に誰とでも仲良くする主義の私にA君だけ特別扱いしている気は全くなかった。面会時間の終盤に差し掛かり、私は「もう遅いから帰るね。早く元気になって。学校で待っているから。」そう言い残し病院の廊下を歩いていたその時である。A君の父親が後ろから駆け足で追いかけてきた。「息子にはこれからも親切にしてあげてください。もう渡邊君しか友達がいないらしいんです。」そういうなり茶色の封筒を差し出して私に握らせてくれた。「これで何か美味いものでも食べてください。」病院から出て歩道で封筒を開けると1万円くらい入っていた。私は封筒を学生服の内ポケットに入れると暗い町を歩き始めた。

 それ以降A君の記憶が私の頭の中からプツリと消えている。A君は今頃どうしているのだろう。今でも一日中トイレにこもっているのだろうか。