卒業式の後の野鳥観察小屋

高校生日記

 高校時代自然科学クラブに属していたせいか野鳥に興味があった。ちょうど上手い具合に校舎の裏に野鳥観察小屋があり、時々顔を見せていた。行く度に様々な野鳥が観察され、双眼鏡を通じて見える鳥の生態に胸をときめかせていた。最もそんな高校生はまれらしく、女生徒ではなく、鳥にばかり関心を寄せるへんな学生と見られていたのかもしれない。当時の観察小屋は本当にひどい建物で、プレハブの階段がギシギシ音を立てるような崩壊寸前のものであった。夏は暑く、冬は寒いという屋内観察施設としては最低のレベルである。それでも屋外で風雨にさらされながら観察するよりはましかといったところか。

 ある日、学校帰りに観察小屋に行くと、管理人が「今日はオオハクチョウが来ているよ。」やや興奮気味に話すので、急いで2階に上がり、双眼鏡で湿地帯をくまなく探した。確かにそれらしき鳥はいるのだが、良くわからない。それでも普段見慣れている鳥以外に珍しいものが飛来すると心は騒ぐ。私が見ていた湿地帯は立ち入り禁止区域で、何でもあの宮内庁が管理しているとか。友人に言わせると「あそこは時々天皇陛下がお忍びでくるらしい。だから警戒厳重で、無断で入ると皇宮警察に射殺される。」とか。

 本当かどうか面白いので悪友と2人で宮内庁の領域に忍び込むことにした。フェンスをくぐり、中に入ると見事な庭園になっている。全ての植木がこれほど芸術的に刈り込むことが出来るのかというほど繊細に整えられている。芝生の緑も美しく、葉の先端が完璧なまでに切りそろえられている。これを見るだけでも国家レベルで資金が投入されていることが一目でわかる。しばらく姿勢を低くしながら右往左往したが、警察も警備員もいないようで、なんだか拍子抜けした。ちょうど良い芝生があるので持参の弁当を広げ、宮内庁パーティーとしゃれ込んだ。食べながらふと下をみるとこぶし大の大きな卵がある。拾ってみるとかなりの重量だ。もしかしてカモメの卵だろうか。それとも大きさからしてオオハクチョウか。割れば食べることができる気がしたが、戦利品として持って帰ることにした。鞄に放り込み、またフェンスをくぐり、娑婆に何とか帰還できた。その後、この卵は数日自宅で保管していたが、孵る気配もないので捨てた。

 高校最後の1年間だったが受験勉強もしないで野鳥小屋に通い、なんだかんだと鳥の話しを管理人としながら、鳥では飯は食えないと考えながらも、管理人のおじさんがなんだかうらやましかった。そしてとうとう卒業式の日が来た。卒業証書を受け取り、丸い筒に入れ、それを持ってまた観察小屋に来た。これが最後かなとやや寂しい思いを抱きながらやはり双眼鏡で湿地帯を眺めた。しかし今日に限ってたいした鳥は来ていないようだ。管理人さんは私の卒業証書の筒に気づき「そうか今日は卒業式なのか。おめでとう。卒業後はどうするの。」聞かれたので「コンピュータの専門学校に進学します。」そう述べると「時代の最先端だね。じゃ忙しくなるので鳥どころではないね。」確かにそうかもしれない。1時間ほど観察したが、これ以上いると心残りなので、何となく後ろ髪を引かれる思いで観察小屋の階段をギシギシ降り、時々後ろを振り返りながら砂利道を駅に向けてぶらぶら歩いた。歩くにつれて観察小屋は雑木林に隠れて見えなくなり、私と鳥たちとの蜜月関係は終焉を迎えた。その後この小屋に行くことは無かった。