地下鉄の本郷3丁目駅を降りると、春日通りをしばらく東に歩き、すぐに左に折れた。遠くに何やら戦前とおぼしきタイル張りの黒々とした建物が見えてくれば、そこはもう大学病院である。もっとも私は何か健康に問題があるわけではなく、診察でも検査でもなく、ただこの病院内に勤務する某先生の研究室に呼ばれただけである。まだ打ち合わせの時間まで間があるため、病院の周囲を一回りするが、とにかくでかい。建物の外壁には古くさい彫刻が施され、どこかで見たと思ったら上野の博物館と同じ気配を呈している。見舞客を見越して花屋があり、覗くが花より店の看板犬の方がかわいくて、そちらが気になった。犬をからかっていたら時間になり、受付から中に入る。
事の発端は数日前に遡る。大学医学部の助教授なる人物からメールを頂き、医学に関するNPOを設立してほしいとの依頼である。医学は全くの門外漢であるが、NPOは数十に昇る数をこなしてきたからプロを自認していた。とにかく詳しい話がしたいとのことで、この病院の研究室に行く羽目となったのである。大勢の患者がうごめく待合室を抜けて研究棟に入る。陰気で暗く、暖房用スチーム配管がうごめく消毒くさい廊下をヒタヒタ歩き、研究室番号を確認しながらノックして中に入った。
先生はすぐさま助手の方にお茶を出させ、研究員用の机を使って良いとの事で適当な机に座った、先生はNPOの概要をざっと説明してくる。私はその内容をノートに素早く書く。疑問質問はすぐにぶつけ、その答えを書き留めた。窓の外を見ると中庭なのか緑が美しく、そこから初夏の爽やかな風が吹き付けて誠に気分が良い。こうして机に座って事務をしていると、まるで私がここの研究員になったような不思議な錯覚を覚える。このような希有な経験ができるのも行政書士という仕事を選んだおかげであろう。
見ると先生のアシスタントをしている女性がやけに美人で、目が大きく、知的な風貌は威厳と優しさを合わせ持つ市中ではまず見ない顔であった。私が見ているとにっこり微笑み、そのまま医学論文に目を落とす。どうやらただのアシスタントではなく、医学研究者のようだ。この大学の医学部に入るには超難関の試験を突破するしかなく、巷の話では毎年各都道府県で合格者は1人くらいという気の遠くなる話だ。その中でもさらに優秀でなければ研究室に残ることはできない訳で、いわば選ばれし人なのであろう。おまけに美人となれば相当モテそうなものだが、案外敷居が高くてそうでも無いのかもしれない。そんな馬鹿な事を考えながらノートを完成させ、先生に「とにかくお任せ下さい。」と胸をたたいて研究室を後にした。
どうせならここで昼でも食べるかと歩き回り、昔、学生の立てこもり騒乱があったというY講堂に行くとその下が食堂になっていた。迷わずそこに入り、適当に注文した。その後池があるのでそこでしばし憩い、銀杏の並木を歩いて大通りに出た。そのまま駅に向かおうと思ったが、研究博物館で内視鏡の展覧会をしていたので入る。
実物の内視鏡があり、見ると先端に鉗子があるので何だろうと首をかしげるとそれは腹腔鏡手術の機械であった。早速ルーペを眺めながら先端部分を人体に見立てた人形の腹に挿入する。腫瘍のようなものが見えたので手元のレバーを動かすと先端部分のはさみが動く。なかなか面白い。医者はこんなことをしているのかと興味深かった。ざっと展示物を拝見し、地下鉄の駅から帰った。