東京国税局家宅捜査事件1

行政書士事件雑記 行政書士事件簿

 能ある鷹は爪を隠すというが、黒幕となるような人物は強い影響力がありながらあまり前面に顔を出したがらない。常に誰かを裏で操作しながら仕事を実行し、そして多くの収入を得る。引き際も上手く、トカゲのように尻尾を残すことすらほとんどない。まるで闇バイトの親玉のような存在である。

 多くの人々の資金を集めて運用し、利益を分配する仕組みをファンドと言うが、これを利用して莫大な富を蓄積する人物がいる。しかしまれにではあるが、その仕組みを悪用して会社の乗っ取りや仕手戦に持ち込む輩もいる。それはハゲタカとも呼ばれている。A氏がそのような人物とわかったのは随分先の話で、声を掛けられた時は只の実業家にしか見えなかった。金融商品取引法が改正され、ファンド設立を金融庁の許可を得れば誰でも行うことが出来るようになった初期の頃の話しである。

 行政書士業務としてファンドの設立を請け負えば儲かると踏み、ホームページでファンド設立事務代行を宣伝して数ヶ月経過した頃、1本のメールがA氏から届いた。ファンドを設立して欲しい、一度会ってくれ、そんな内容であった。都内の一等地にオフィスを構えるA氏は学生の頃に起業し、今では様々な事業を展開している有能な実業家である。豪華絢爛、煌びやかな応接室で待っていると高級スーツに身を固めた50代くらいの髭を蓄えた見事な紳士が現れた。A氏である。「この会社の株を購入して経営に関与しようと思う。やり方次第で売上は伸びると思う。」そう言われて示されたのがズバリ会社名を入れたファンドであった。私は投資事業有限責任組合を設立する方法を提案し、あっさりとA氏はこれを飲んだ。私は地下鉄の駅に向かう途中、何となく不穏な気配を感じたが、まあ乗りかかった船だ、どうにかなるだろうと高をくくり、事務手続きを進めた。その後組合が完成し、手数料を頂くと私は別の案件に移った。

 しばらくしてA氏から連絡が入る。「例のファンドで株を大量購入する会社ですが、そろそろ値動きが激しくなるので注視してみてください。」何の事かわからなかったが、ネットで株価をしばらく観察していると急にすさまじい勢いで値が上がりを始めた。翌日も同じである。何でそうなるのか不思議であった。その後いきなり株価は急落した。どうもA氏はファンドで安値の株を大量に購入し、何らかの方法で株価を釣り上げ、高値で全て売却することで利益を得たようだ。つまり経営に参画する気はさらさらなく、単なる仕手戦であった。

 A氏からまた連絡が入る。「ちょっとご相談したい事があります。」私はまたA氏のオフォスに出かけると、「このたびファンドの組合長を辞めたいと思う。私の氏名を組合登記簿から外し、痕跡を消すために組合本部も移転させてください。」「Aさんは組合長で無くなるのですか。」「まあいろいろまずい事がありましてね。しばらく第1線から消えます。組合員の加入脱退手続きは全て組合長ができますよね。なら渡邊さんがしばらく組合長になってください。その方が行政書士として事務手続きがしやすいでしょう。手間賃はきちんと支払いますから。」そう言われ、自分を組合長にした。しかしこれは罠であった。その後A氏の手下が事務所に見え、ある人物の名刺を差し出して「このBさんを組合員に加入させてください。渡邊さんが組合長だからすぐ手続きできますよね。」うかつにも私はこのBなる一面識の無い人物を組合に加入させてしまったのである。

 ところがこのBはとんでもない男で、ファンド名で多くの顧客から数十億もの金を集め、利益を全て自分の物にしたあげく、税金を1円も払わなかったのである。当然東京国税局査察部が動き出す。捜査の対象は詐欺師のBと組合長の私である。しかしそんな事を露程もしらない私は能天気にボロビルの3階で毎日仕事をし、経営する塾に行っては中学生をからかっていた。私の全く知らないところで捜査陣は動き、東京国税局は地裁に私の自宅と事務所の家宅捜査令状を申請していたのである。少し前まで工場のアルバイトで油まみれになって働いていた地を這うような底辺貧乏人の所にノコノコ現れる間抜けな捜査員達は私のすぐ目の前まで迫っていたのである。