東京国税局家宅捜査事件2

行政書士事件雑記 行政書士事件簿

 朝のまどろみの中で激しいノック音が聞こえる。夢うつつで考えるがどうも玄関扉をたたいている音のようだ。こんな朝早くに来客なのか。おぼろげな思考の中で応対すべきか逡巡する。眠いが仕方なく一気に飛び起き、素早く着替えてから玄関に出てみた。そこにはスーツを着た肥満体の男と痩せた男の2人が立っている。顔に全く見覚えはない。何かのセールスかと思い始めた瞬間、なにやら紙を取り出して私の顔面に突き付けた。そこには「家宅捜査令状」と書かれ、裁判所の印が押されている。不思議に思い、何だろうと考えていると肥満体の方が「東京国税局査察部です。家宅捜査に来ました。動かないでください。」と述べるやいなやドカドカと家に上がり込み、タンスや引き出しなど引っぺがして中の物を出し始めた。

 通常、この手の捜査はかなりの金持ちの家に来ることが多い。たいてい脱税(数億規模だが)犯である。家人はあせり、慌てて暴れたり何かを隠すそぶりを見せるようだが、何しろ私は月給15万円の貧乏暮らし。家も家具も安物の上、かなりの年代物ときている。そして事件に全く見覚えがない。捜査員は「これから2日にわたりじっくり調べさせてもらう。」と述べているが、私はうすら笑いを浮かべながら彼らのまるで探し物をするような作業風景を腕組みして眺めていた。やせた方が「会社の方にも捜査員が行っている。捜索はそちらと同時並行で行われている。」なるほど捜査とはそのようにするのかと感心するばかり。時々、押し入れの中を見せろとか、金庫とか貴重品入れはないかとか言い出すのでそのたびに全部出して見せる。1時間ほど捜査したが特にめぼしいものは出てこない。さすがに捜査員の表情から深い落胆の様子が伝わってくる。

 特に金庫に保管してある預金通帳を見てかなりがっくりしたようだ。多分彼らより少ないと思う。そのうち「お茶とか飲んでのんびりしていいですよ。」と言われたので自分で茶を入れ、日向ぼっこしながら彼らをじっくり観察することにした。2時間ほど探し回るが何を探しているのか判然としないままただ時間が過ぎていく。家電量販店の店員でもあるまいし、何かお探しですかとも言えないし、いったいどんな事件に関する捜査なのかも不明だ。時々「ところで何の捜査ですか?。」と聞くが答えてくれない。

 お茶をちびちびやりながらじっくり考える。そういえば最近A氏から頼まれて投資ファンド組合の設立事務を行った。仕事が行政書士なので依頼人からそのような組合の設立事務代行を頼まれることはよくある。特にA氏はこの業界ではレジェンドと言われるすごい人で、数々の会社の仕手戦や敵対的買収にもかかわる、業界の黒幕的存在であった。都心の高級レストランで食事を御馳走してもらったこともある。そういえば最近A氏の様子がおかしかった。「このあいだ作って頂いた〇〇ファンドですが、組合長を私からあなたにしていただきたい。その方が事務手続きが簡単になるでしょう。ついでに組合本部の移転もお願いします。報酬は十分払います。」その後A氏の手下が事務所に来て必要書類と手数料を置いていった。そうかあれかと合点がいった。

 〇〇ファンドは組合員に変な人Bが含まれていた。A氏の手下がそいつの名刺だけ持参して「この方を組合員にしてください。」といわれ、そのとおりにしただけだ。わたしは捜査員にBの氏名を出してあたりをつけることにした。捜査員はすぐに反応し「詳しくは言えませんが、Bが〇〇ファンドを用いて多くの顧客から数十億円もの大金を集めたのです。」なるほどと思う。肥満体の方が「あなたも顧客からお金を相当集めていたんでしょう。」と聞くので「私にはそういう趣味はありませんので。私は行政書士なのでA氏からファンドの設立を依頼され、それに関する書類を作成して国に申請しただけです。」痩せた方が「でもあなたが組合長になっていますよ。」「それはA氏から依頼されて書面上なっただけです。〇〇ファンドは組合員の入れ替わりが激しいのです。組合員の加入脱退手続きは組合長でないとできないので事務手続き上の利便性から私が組合長になっただけの事です。元組合長のA氏を調べれば早いのでは。」「Aはなかなか尻尾を出さない。こちらとしても何もできない。とにかく自宅の捜査がほぼ終わりました。一緒に会社にいきましょう。」捜査員の車で行くのかと思いきや、なんと彼らはバスで来ていた。私は自分のボロ車を出し、捜査員を引き連れて会社に向かうことにした。