東京国税局査察部の捜査員2名を乗せたボロ車で私は会社に向かった。着くとそこにも捜査員が3名ほどおり、何やら捜索している。そのため事務所内は書類の山で無茶苦茶になっていた。朝一で事務所に来ていた弟が困った顔で「なんだかわからないけど免許証とか見せろと言われて鞄の中も全部調べられた。」なんて嘆いている。そのなかで眼鏡をかけた男が親玉らしく、私と一緒来た2名に次々と指示を出している。私が自分の席につくと早速「書類は全て押収させてもらいます。」見ると何から何まで赤いシールが貼られ、そこには差押(領置)第〇号、品名、所持者、東京国税局査察部 とか印刷してある。
後日このシールは面白いので全部剥がし、いろいろな物に貼って遊んでいる。
私の席にやってきた捜査員が「PCの中身をみたいのでパスワードロックを外してください。」早速ロックを外して席を譲る。私は手持ち無沙汰なのでソファにひっくり返り、うたたねした。行政書士なので書類は大量にある。その中でファンド関連を抜き出すのであるから大変な作業である。床にまで書類を広げ必死になって調査している。ずいぶんとご苦労な事だ。何もでない場所でありもしないものを探す空しさがそこには漂っている。それはそうであろう。ファンドを設立する書類しか最初から存在しないのだから。どう考えても投資ファンド組合の設立事務手続きを代行した行政書士がそのファンドで顧客から金を集めるわけがない。常識で考えればすぐ分かることである。
「他に書類はないのですか。見るとトランクルームをお持ちとか。」「トランクルームは借りているのではなく、管理しています。私の会社は不動産と学習塾がメインですから。」「ならそのトランクルームに案内してください。そこにも書類がないか調べます。」馬鹿ではないかと思った。トランクルームなんて1室も借りていない。何しろ120室以上ある巨大なトランクルームである。管理が大変なので代わりにオーナーから依頼されて家賃収集と清掃をしているだけである。それでも行きたがるので仕方なく自分の車にまた捜査員を乗せ、合いかぎを持ち、トランクルームに向かった。到着してみて捜査員は目をむいた。縦20メートル、幅60メートルもの広大なフロアにもすごい数の小部屋が並んでいる。「どの部屋を管理しているのですか。」私は「全部です。全室の鍵があるのでどうぞお好きに調べてください。」私は合いかぎを渡そうとすると「いや。結構です。もう帰りましょう」
結局何も収穫がないまま事務所に舞い戻った。事務所では例の親玉が「どうだった。」と聞くが、捜査員は首を横に振るばかりである。資料もだいぶたまり、彼らは段ボール箱に詰め始める。「ところで塾を経営しているとか。見せてくれませんか。」「いいですよ。あそこは子供たちと教科書しかありませんが。別に調べてもいいですよ。」どこまで行く気かわからないが私の経営する塾は全部で5校はある。全部回る気なのだろうか。私が言うと「一番近い塾だけで結構です。」それではと事務所の目の前にある塾へ捜査員を連れて行く。到着するとちょうど授業の真っ最中で、私は教室長に「ちょっと塾の見学の人が来たている。静かに見るのでよろしくね。」とごまかして中に捜査員を入れる。彼らはしばらく教室内をうろうろし、生徒の授業風景を眺めていた。時々生徒の教科書をのぞき込んだりして熱心に授業を観察している。なにを言い出すかと思いきや「これが個別指導塾ですか。私の頃はありませんでした。なかなか良いですね。」私は「でしょう。この授業の良いところは集団授業と異なり、生徒の習熟度に合わせたオーダーメイドの授業ができる点です。中学生にもなってまだ小学生レベルの勉強ができてない子もいますから。そのような場合は小学生まで戻り駆け足で復習する、そんな工夫をしています。」など他にも塾のノウハウに関することを情熱込めて語ってみた。しばらくすると「もう良いです。帰りましょう。」私は塾の出口まで来て笑顔で「今日は一日ご苦労様でした。明日は何時にからにしますか?。」そう聞くと「いや。もう来ません。書類は後日取りに来てください」そう言い残して帰ってしまった。
そののちしばらくしてから東京国税局に呼び出されたので東西線の竹橋にある東京国税局査察部に出向いた。入り口のガードが厳重で、駅の改札のようなところで待っていると捜査員が現れ、ビジターカードを貸してくれて中に入る。取調室ではなんだかんだと聞かれるが知らないことはしらない、知っていることはあからさまに全部話した。「ところでA氏はどうしましたか。」「あいつは大物なので証拠が出てこない。今のところ何もしていない。」さすがA氏である。最後に調書が仕上がり、読むとおおむね内容は合っていたので署名押印して完了である。こんな場所に来ることはめったにないのでキョロキョロしながらビル内を観察する。途中、携帯で写真を撮ろうとしたら警備員に止められた。それはそうだろう。
押収された書類は紐で縛り、返却されたが重いので近所のコンビニから宅配便で自宅に送った。ちょうど目の前に高級そうな和食店があり、この際なので記念に思い切って一番高い天丼を注文して食べた。これがことのほかおいしく、さすが東京の中心部は違うと感心する。今回の事件で得たことはたくさんあるが、何事においても正直に行動し、良心にやましいところなく毎日生きている人間が世の中で一番強いという事に気づいた点であった。それは日本最強とも言われる東京国税局査察部相手でも同じことであった。私はこれからも何ら恥ずべきことのない生き方で堂々と胸を張って人生を歩もうと確信したのであった。