塩ビ工場でしばらく働いていたことがある。東京の下町にある誠に小さな工場で、主な生産品は台所の床に貼るクッションフロアやクロス(壁紙)などである。もっとも私は工員ではなく、一応経理部で生産管理業務をNECのオフコンで処理していた。当時のOSはNECが開発した独自の意味不明なもので、アクティビテーなる言葉でジョブを表現し、処理は全てジョブコンという言語を紙テープに穿孔して機械に流すという前時代的代物であった。それでもあの穿孔テープを機械が読み解くときのシュルシュルという軽快な音は今思い出しても爽快な感じがする。
たまにNECのSEがやってきて「機械の調子はどうですか」みたいな感じで会話をした。しかしこのSEがかなりの変わり者で、会話中にすぐ寝てしまう。わずか5秒ほどの沈黙があるともう彼は寝ているのである。ナルコレプシーという病気のようだ。疑問質問があっても相手がすぐに寝てしまうので解決には至らず、故に全くもって話しにならない。ガキの使いではないが、何でこんなのをよこすのか、NECも落ちぶれたものだとあきれるばかりである。
ある日、QCサークルなるものがあるので是非参加するようにとの誘いを受けた。参加するのは本社経理部からは私一人。残りは全て生産現場の人々である。工場の現場における品質管理はかなりの重要性を占めている。何しろ製品の品質が悪ければ返品、悪ければ注文が来なくなる。欠陥品を生産し続ければ廃棄品目が増えて生産コストが増大し、会社としてもペイしなくなる。だから重要なのだが経理部は特に生産管理には影響がない。顧客のためではなく、社員のために働く部門だからだ。どうして参加するのか不明であるが、生産現場と本社の橋渡しとなる役目を私ができればというかなり消極的意思で会議室に出向いた。
会議室には若手の工員がすでに集まっており、昨年の死亡事故がどうのと話しをしている。私には何の事がわからないので「何の話しですか」聞くと事件のあらましはこのようなものであった。
床材のクッションフロアは出荷時に巻いてロール状にし、茶色の紙で包装し保管してある。これをフォークリフトで運ぶのだが、何本ものロールを山形にフォークリフトに積み上げ(この時点で危険状態)、さらにこの山積みロールの上にこともあろか作業員が乗ったのだ。移動中のフォークリフトは倉庫の段差で揺れ動き、ある瞬間、ロールの山は崩れ、便乗していた作業員はロールの下敷きになって死亡した。以前から似たような行為は頻繁に繰り返されていたようで、移送用トラックまで歩く手間を省いたのか知らないが、馬鹿な事をしたと思う。そんなこんなで労働基準監督署や警察の手が入り、工場も倉庫もしばらくストップしたとか。
「渡辺さんはどう思いますか」そんな事を聞かれても、冬の北アルプスにTシャツとサンダルで登る奴がいて、どうですかと聞かれるようなもので、何とも答えようがなかった。会議のあと「何か標語をお願いします」言われたので、一応「ムラ、ムダ、ムリを無くそう。ご安全に」と答えてから会議室を後にした。
