軍事境界線38度

旅行記 旅行雑記

 韓国のソウルで友人宅を訪ね、毎日食事したり観光したりするややグダグダした生活に嫌気がさしてきた頃である。呆然と漢河のゆったりした流れを見つめながらここ韓国らしい刺激ある何かを求めていたところ38度線を見に行かないかと誘いがあった。これは渡りに船と思い、軍事境界線行きのバスに乗り込んだ。市内を発車したバスは次第に山の多い急坂を登り始めた。周りに民家が無くなり、いよいよ休戦協定ラインに近づいていることをうかがわせる緊張感ある景色となる。相変わらず韓国というか朝鮮半島の山はハゲ山ばかりだ。しかも本当に禿げ頭のようにつるりとした綺麗な岩が屹立し、その間にまことに取って付けたように少ない森が覆っている。聞くところによると韓国では森林の伐採が制限されているらしく、家屋はすべてレンガやコンクリートで作られているらしい。国土の7割以上が森林である日本とはかなり事情が異なるようだ。

 やがてバスが目的地に到着したようだ。良く晴れており、これなら北朝鮮側も良く見えるであろう。歩いていくと展望台のようなものがあり、ガイドがここを登れというので登ることにした。勝手に歩き回るとかなり危険らしく、ガイドの指示には従うことにしている。変な場所に潜り込んで地雷を踏んだり機銃を受けたりしたらたまらない。戦争当事国でもないのに戦死するのは馬鹿馬鹿しいので付近を見回しながらまるで北のスパイのように注意深く展望台への道を進んだ。頂上からの眺めは素晴らしく、でこぼこした緑の薄い禿げ山がどこまでも続いている。こんな不思議な山並みを見るのは初めてである。双眼鏡を借りて360度の展望を楽しんだ。ガイドが片言の日本語で「あちらが北韓国です。」と説明している。どうも韓国ではそう呼ぶらしい。面白いので双眼鏡を向けるがはやり同じような山並みと荒涼地が広がるばかりで面白くもなんともない。南から北を見たのだから北から南を見てみたいと思ったが無理そうなので口には出さなかった。

 思えば私の祖父は養蚕技術者として今の北朝鮮に住んでいたようだ。当時はまだ日本領だったので釜山まで船で行き、そこから列車に乗ればソウルも平壌も、時間が掛かるが満州のハルピンだって行けた。そんな自由な時代があったなんてまるで嘘のような感じがする。同じ地球なら陸さえつながっていれば歩いてどこまでもいけるはずなのに人間の国という区分分けが私たち自身を縛ってしまい、自由を奪ってしまっている。38度線で分断したこの国を見ると分断国家の悲哀がそこら中にあふれているようだ。私は絶望感だけを懐にしまい、ソウル行きのバスに乗り込んだ。今日は8月14日、明日、8月15日は韓国の独立記念日である。旧宗主国の私は誠に肩身が狭い。朝早くに空港に向かい、独立記念パレードが始まる前にこの国を逃げ出すことにしよう。

 翌日、空港に行くバスの窓から外を見ると飾り付けやパレードの準備など回りがすべてお祭り気分に沸いているのが良くわかる。装甲車や戦車もいるので軍事パレードも計画されているようだ。そんな風景をみると自分の尻に火がついたような感覚にとらわれる。気もそぞろにパスポートの取り出し、私は英領香港行きのキャセイ航空に乗り込んだのである。恐怖の啓徳空港ランディングを楽しみに。