四国の某寺からメールが届く。あるNPO(特定非営利活動法人)を設立して欲しいとか。坊主と言えば袈裟を着て粥をすするITと全く縁が無い生活をしている印象を持っていたが、最近はそうでもないらしい。ノートPCを持ち運び、中には説教をライブ発信している御仁もいるようだ。何度かメールのやり取りをしたのだが、やはり気がかりな点はあった。それはNPO法第2条にある「宗教の教義を広め、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とするものでないこと。」の事項である。和尚さんが言うには「宗教とは全く関係ない。信者さんの支援に関するもの。」との回答であるが、役所がどう判断するか不明な点が多かった。ここはやはり直に会って話をするほかないと判断し、四国まで出かけることにした。
新幹線で岡山まで行き、そこから瀬戸大橋線に乗り換える。いったん多度津で土讃線に乗り換え善通寺駅で下車した。改札を出て振り返ると瓦屋根の小さな駅で、遠くには盛り塩のようなポッコリした三角錐の山が見える。私は駅前通りをぶらぶらと歩きだした。やはりうどん屋が多いようで、まだ昼前だというのに多くの店は客でにぎわっている。1杯300円もしないような品であるから、食事というよりお菓子を齧る感覚なのだろうか。
目的の寺に到着したので、社務所を探して境内を歩き回る。何とか見つけ出して門から「たのもう。」と大声で叫ぶと和尚さんがあたふたと出てきた。さすがに中はピカピカに清掃が行き届き、ほこり一つない。応接室で和尚さんと話をした。「宗教行為にほんの少し引っかかるだけでNPOは認証されません。危ない橋を渡るより今の任意団体を維持した方が得策では。」話すが「ここはやはりNPOで。」となかなか頑固みたいだ。結局申請だけはしてみようという事になり、前金を頂いて辞去しようとしたところ「うどん食いませんか。」聞かれたので「この後駅前通りの店で食べようと思います。」そう答えると「旨い店があります。御馳走しますよ。」お言葉に甘え、寺の裏にあるうどん屋に向かう。そこは店というより掘っ立て小屋に近いもので、汚いテーブルに着くと器にうどんが入ったものがそのまま出てきた。不思議そうに眺めていると、和尚さんは卓上の醤油みたいな物を取り、麺に直に掛けた。私も真似して2周ほど掛ける。その後生卵を入れてから箸でかき回し食べてみた。これが旨い。初めての食べ方であった。
「今夜の食事はどうしますか。」「ホテル近くのレストランで食べます。」そう答えると「晩飯も御馳走しますよ。午後6時にここに。」店の名刺を渡された。和食店のようだ。夕方その店に行くとかなり高級な店のようで、刺身や天ぷらなどおいしい物が出てきた。私は酒を飲まないと言うと「それは偉い。私はかなり飲みます。」そう言いながら和尚さんはビールや日本酒をがぶがぶ飲んでいた。「私たちは酒と呼ばずに般若湯と呼んでいます。」まあ物は言いようだろう。和尚さんはNPOと全く関係ない様々な話をしてくださり、その内容に終始感心したり爆笑したりした。特に寺の裏話みたいなものはたいそう興味深いものであったが、ここに記すことはまずいので書かない。それでも私は会話の中に聖書的な内容を織り込むことは忘れなかった。こうして午後10時頃にホテルに戻った。翌日、土産物屋で名物のうどんを大量に買い込み、船橋に帰った。
さて、NPOの申請書をすべて書き上げ、内閣府に申請してから3か月ほど経過した頃だろうか。事務所に電話がかかってきた。相手は内閣府の方である「誠に申し上げにくいのですが、今回の申請は取り下げてもらいたい。」私は「不認証ですね。」そう告げると「いえ不認証はかなり都合が悪いのです。どうしても申請者からの都合上の取り下げにしてほしい。」何度かやり取りしたが、どうも超法規的理由で不認証処分ができないらしい。私はすぐに和尚さんに相談すると「仕方ないでしょう。諦めます。」そう回答してきたので取り下げ書を書き上げ、内閣府に送付した。その後和尚さんとは縁が切れてしまった。一応、書類作成料金や交通費、宿泊費用等すべて頂いていたので損はない。逆に食事接待(四国だけに)を受けたのでその分儲けたともいえる。
善通寺駅のお土産にはうどんだけでなく「カタパン」なるものもあった。それは歯が折れるほど固いパンで、私はそれを齧るたびに四国の寺の和尚さんとの楽しい会話を思い出すのである。