事務所スタッフが深刻な顔をしている。どうしたのか聞くと「私の知人(Aさん)がスナックを経営しているのですが、賃貸借契約で大家さんともめているのです。」スナックの経営はことのほか順調なようで、固定客も付いているようだ。ただ大家との問題で、もしかしてテナントを出て行くハメになる可能性が高いという。私は「大家さんは朝鮮人?。」聞くとスタッフはやや絶望感を漂わせながら静かにうなずいた。
船橋は朝鮮人の多く住む町である。町中にその人々だけが住む集落が点在している。そんな町に紛れ込むと、流れる風がニンニクの香りだったりする。壁を見ると近所の子ども達が落書きをしているが、その全ての文字がハングルだったりする。船橋には南北を貫く東武線が走る。この建設労働に多くの朝鮮人が使われた。戦前の話しである。当時はまだ朝鮮総督府が置かれていた朝鮮半島の人々は半島より高い賃金を求めて日本にやってきた。同じ国だからパスポートも就労許可も不要だ。高賃金の仕事を求めて東京から福島の除染に行くのと同じ原理である。やがて戦後となり、多くの朝鮮人は故国に戻ったが、かなりの人々は日本に残った。彼らは偏見にさらされながらも必死に働き、稼いだお金で不動産を購入した。そのため船橋には朝鮮人(今は韓国人と呼ぶようだが)の大家さんが多い。彼らには独特の仁義や慣習があり、注意しないとトラブルの元になる。考えるにAさんは何も考えないで在日の大家さんから物件を借りたようだ。この手の無知蒙昧の借り手は全くもって世話が焼ける。
ことの発端は単純である。空き店舗を見に行ったAさんは一目で物件を気に入り、契約することにした。ただガランとしたテナントには大きなカラオケマシンが1台置かれていた。Aさんは「これは何ですか。」聞くと大家さんは「これは前に借りていたスナックの方が撤退の時に置いていきました。」ここで最善の判断はこの機械を大家さんが納得する値段で買い取り、契約書を交わしてついでに贈り物でもすれば良かったのである。しかしAさんは前の賃借人が置いていった物なら大家さんと関係が無いからと勝手に判断し、そのままスルーした。最初の判断ミスである。
さて、スナックの経営が軌道に乗り、客がカラオケマシンで気持ちよく歌を奏でている姿を眺めた大家さんは、自分が無料であげたような機械がスナック経営の推進役を果たしていると気づく。そして妬みの気持ちがメラメラと湧き上がる。ある日大家さんは開店前の店を訪ねた。「私があげた機械が稼いでいるね。」「おかげさまで、」「機械の使用料が欲しい。月○円でどうか。」「だってあの機械は大家さんのではないでしょう。」そんなやりとりが続き、次第に大家さんは店に毎日やってきてはカラオケ機械の件でもめるようになる。Aさんは頑として使用料を支払う気がなかった。相手が日本人ならそれで良い。しかし今回は違う。2度目の判断ミスである。
さて数日たったある夜のこと、同じように客が歌っているまさに最盛期に突然酔った大家さんは店に怒鳴り込んできた。そして例のカラオケマシンを叩き潰し、その後店内すべてを破壊して回り、暴れ、最後に店の真ん中で大の字になってひっくり返ったのである。これには客もびっくり仰天。勘定もしないで逃げ出した。「カラオケ機械の使用料払え。」寝転びながらそう繰り返し叫んでいたという。結局Aさんはこのテナントを出た。もったいない話しである。韓国に友人がいる私からするときちんと仁義を通せば長く付き合える良い人々なのに、それをしない無知がもたらした悲劇(喜劇?)と言える。さすがの私もこの事件に関してはノータッチを決め込んだ。事務所スタッフがいかに処理するのか。腕の見せ所である。