沈没船ファンド詐欺事件

行政書士事件雑記 行政書士事件簿

 恐怖と喜びは表裏一体とも言われる。怖い物見たさという言葉もあるが、わざわざお金を払ってまでオバケ屋敷に行くのも恐怖を味わうことで底知れぬ幸福感を味わうための本能的な行為なのであろう。


 毎回危ない話しを持ち込んでくるファンドマネジャーのA氏から電話が来たのは夏が近いある日の午後であった。携帯の表示名を見た瞬間、恐怖心が沸き起こり、その後それを上回る好奇心が増して来る。急ぎ出るとA氏から「知人が今度沈没船ファンドをやる事になった。今回は都内の会社で話しを聞いてから仕事を受ければ良い。渡邊さんの事はすでに話しを通してある。」とのこと。話しが全く見えない。詳しく聞くと、何でも多人数からお金を集め、それで沈没船を引き上げ、中のお宝を売却し、出資者に分配するというたくらみである。かなり怪しいことは確かだ。それでも私は運営者でも出資者でもなく、単なるファンド設立の事務手続き代行という立場なので、万が一この話しが全くのでたらめであっても訴追される可能性は無いだろと踏んで話しだけでも聞くことにした。


 指示された都内の会社に向かうべく地下鉄に乗り、地上に出るとすでに高く上がった太陽がじりじりと路面を照らしていた。何ブロックか歩くと何となく見たような風景なのでじっと沈思黙考する。そういえば昔サラリーマンをしていた時分に何回か来た町である。ビルも店もだいぶ変わっており、東京は数年で全てが変わるカメレオンの様な町であると実感する。


 目的地に着くと、何と自社ビルを保有しており、銀色に輝く美しい外観と吹き抜けガラス張りのかなりの金満建築である。ロビーに入り、受付で受話器を持ち上げ、指示された番号を押すと、すぐにエレベータが開き、いきなり社長様が現れた。「いやいや暑い所をご足労くださりありがとうございます。」


 挨拶もそこそこに2階にある沈没船展示室に案内された。ワンフロア全てを使い、沈没船から引き上げた雑多な物が場末の博物館のごとく展示されている。展示物の前に来る度に社長さまは、これは何々と説明し、どこそこの海で引き上げたなどと説明してくれる。確かに長年海に沈んでいた感はあるが、何となく違う気もする。30分ほどかけて展示室内を案内された。結論としては沈没船の引き上げには多額の費用が掛かること。もし引き上げに成功しても、お宝は全てファンド出資者の物になるわけではなく、元々の所有船が属した国との話し合いで分配されるとか。何だよ、と思ったが、そもそも沈没船を大海原から発見すること自体が困難で、もし発見しても深海であれば引き上げは不可能である。浅い海で、しかも金銀財宝が眠る昔の船なんてそんなに簡単に見つかるのであとうかという疑問は残る。


 その後、かなり分厚い資料を頂き、ビルを出た。この仕事を受けるか受けないか迷いながらブラブラ歩き、ふと見ると綺麗なカフェがあるので入る。広いガラス窓から道行く人々を眺めながら頂いた資料に目を通してみた。しかし何度資料を読んでも本能がやめろと騒いでいる。そのまま事務所に戻り、資料を保管庫に収納してからしばらく放置することにした。


 その後数日してからA氏から電話があった。「あの沈没船ファンドの話しはダメになりました。社長が別のファンドの件で逮捕されまして。金融商品取引法違反です。しばらく動けないのです。」私はほっと胸をなでおろした。資料は面白いのでしばらく保管してあったが、ある日全部捨てた。