少女A

高校生日記

 私の高校時代はまるで楽園のような楽しい日々であった。登校拒否するような人間の精神が全く理解できない学校大好き少年の生活はあまりにも充実していた。しかし勉強自体はあまり好きではないので、バラ色の将来という希望が持てない先の見えない日々ではある。だからと言って絶望感があるわけがなく、毎日ヘラヘラ笑って暮らす脳天気な私は今から考えても馬鹿な少年だと思う。それでも筋トレだけは大好きで、牛乳にプロテシンを混ぜて飲みながら重いバーベルで体を鍛えていた。

 私の中で一番嫌いな教科は数学であり、こいつを勉強するくらいなら死んだ方がましと考えるほどで、授業もかなりサボっていた。当時の数学担当教諭は小太り色白のいかにも数学オタク風の男で、いつも耳障りな甲高い声を張り上げながら授業をしていた。私はこの教諭のことを白アンコウとか白豚など様々なあだ名を付けて嫌っていた。私が嫌っていたことは先方も承知らしく、私もかなり敬遠されていた。

 ある日、いつものように宿題をサボり、白アンコウから「どうしてやってこないのだ。」と詰問された。私は常習犯なのでこれは殴られるかなと身構えていると予想通り教科書で頭をぶたれた。ところがである。この日はどうした事かクラス全員が一人残らず宿題をやってこなかった。これは面白くなってきた。ワクワクしながら見物していると、白アンコウは生徒一人一人の机を全て順番に回り、「何でやってこないのか。」聞くなり、教科書でバンとはたいている。一番驚いたのはクラスで一番成績優秀、一番の美人の少女Aがやってこなかった事である。「なんであの子が。」クラス全員が驚き、その少女Aを見ていると、白アンコウはやはり教科書で少女Aの頭を思いっきり叩いていた。多分この子は学校生活全てを通じて初めて殴られたのであろう。衝撃と絶望で蒼白となり、泣きながらその場に崩れた。こうなると教室内が騒然となる。特にリーゼントのヤンキーどもが騒ぎ出す。「なんだこの野郎。」そんな事を言いながら数人がバタフライナイフをカチャカチャ取り出しながら白アンコウに迫る。こんな状態であるから授業どころではない。結局、白アンコウは授業を諦めて職員室へ逃げ帰った。少女Aはその日一日机から顔を上げることはなかった。

 休み時間になると私は殴られた頭をさすりながら「どうするんだ。」白アンコウをどう処分するかヤンキーどもに聞いてみた。その中で極真空手道場に通い、大山倍達から直に指導を受けている奴が、「帰りを待って半殺しにする。」そんなことを言っている。彼らが怒り狂うのは自分が殴られたのが理由ではない。なぜなら年中殴られて慣れているからだ。問題なのはクラス一の美人の少女Aが殴られた事に腹が立っているのである。いわゆるマドンナを思うその心意気が不良どもの怒りに火を付けてしまったようだ。

 少女Aはその日を境に学校に来なくなった。聞くと退学したとのこと。残念でならない。結局、宿題ごときで一人の成績優秀者を失う結果となった。


 さてその後半年ほど経過した頃だろうか。高校の駐輪場に行くと大型バイクが10台ほど集結している。このあたりを根城にしている暴走族のようだ。そして驚くことにその中にケバイ化粧をしているとはいえ、あのマドンナの少女Aが居たのである。呆然その姿を眺めていると、彼女は特攻服を着たヤクザのような男が運転するナナハンの後ろにまたがり、轟音とともに走り去ったのである。