精神医学系学会

行政書士事件雑記 行政書士事件簿

 バス停のベンチで乗車待ちの時間をただ茫然と空を眺めて過ごしていた。私はスマホが苦手なのである。そこで不意に隣の男に声を掛けられた。見知らぬ人に声を掛けられることは良くある事だが、なぜそうなるのか未だに不明である。男は「私は近くの○○病院に通っています。」○○病院は誰もが知る有名な精神病院である。私は「どこが悪いのですか。」あえて尋ねてみた。「躁鬱病です。あと不安神経症も患っています。」随分正直な男だ。知らない男にべらべらと全てしゃべる。私は「なら炭酸リチウム飲んでいますね。不安ですか、ならデパスか、鬱ならトリプタノールですか。」聞くと「あたりです。何でわかるのですか。あなたは先生ですか。」「先生ではありません。(まさか行政書士とは言えない雰囲気)」
「多少精神医学の知識はあります。」その後なんだかんだと話し、今は生活保護を受給し、何とか生活しているとの事。希望をもって頑張るよう励ましてからバスに乗った。

 精神医学との出会いは突然である。いきなり国立病院の医師からメールが届き、NPO法人で医学系学術団体を作りたいとの相談を受ける。メールだけだとよくわからないので先生に会うため病院にアポを取る。夕方、駅からバスに乗り、病院名が付いたバス停で降り、夕日が当たる坂道をぶらぶらと歩いて正面玄関から病院へ入った。消毒の匂いが鼻腔を刺激し、待合室のざわざわ感は私の神経を何となく不安にさせる。俺も不安神経症か。時計を見るとまだ時間があるため固いベンチに座り、虚空を凝視する。すぐ隣にいた若い女がいきなり足を振り上げながらキーと奇声を発した。他にも意味なくブルブル震える人や、うつろな目で「中国のスパイが・・・」統合失調症気味に意味不明の事を言う御仁など観察していて飽きない。これだけで暇が潰せる。もう文庫本は不要なようだ。

 やがて時間が来たので研究棟に向かって薄暗い階段をヒタヒタと上る。昭和30年代と思われる古色蒼然とした建物は不気味さを漂わせ、蛍光灯が続く薄暗い廊下は何が出てきてもおかしくない気配だ。先生の名前が掛かる研究室を見つけ、ノックして入る。その後、白衣の先生は私に精神医学のなんたるかをかなり長い時間を掛けて講義してくれた。帰り際にお土産として学会誌を頂く。すっかり日の暮れた病院内はさらに薄気味悪さが漂い、暗い廊下を恐る恐る歩いてバス停に向かった。学会誌は興味深く、帰りのバスの中で記事のかなりの部分を読んでしまった。実に面白い。その後私は書店で精神医学関係の書籍を数多く購入し、かなり研究した。先生との面会はその後も続き、会うたびに「良くそんなことまで知っているね。」感心されるほどになった。やがてNPOの定款たたき台が完成し、先生に渡すと「学会の先生方に諮る必要がある。」その後私は多忙となり、この病院も先生とも縁が切れてしまった。

 それからしばらくして私は発達障害の研究にも手を付け、とうとう放課後等デイサービスの経営にも乗り出す事になった。思えば自分の人生を振り返ると、たくさんの発達障害を抱えた人々と出会ってきた。いつも優しく接し、時にいじめから保護する立場も経験した。そんな不思議な邂逅がやがてこの仕事に結実したのかもしれない。障害者福祉を私のライフワークとしよう。そう決意するのだが、飽きっぽい私は果たしてどうなるのだろうか。
その後学会は無事に設立され、精神医学の発展に寄与しているようだ。