女形の掃除屋さん

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 都内のビル管理会社で仕事をしていた事がある。主にオフィスビルが職場で、ボイラや電気保守点検以外に床やトイレの掃除もしていた。電気工事士と言っても電気点検だけやっていれば良いような優雅な会社ではなかった。最もこの業界は初めてなので経験することも目新しく、毎日が新鮮な驚きの連続であった。都内の様々なビルを地下鉄で巡回し、キュービクルの点検や掃除するので日々が旅から旅の生活である。これもまた良い。たまに日本橋の三越に寄り、ぶらぶら歩きまわる。そんな気ままな生活はやや気だるく、将来性は確かにないのだが若い時代の奔放かつ自堕落な生活をやや面白味のあるものにしていた。ビル管理人は通常制服を着ているが、更衣室のようなものは無く、皆、非常階段の一番上で着替えていた。女性だとかなり恥ずかしいのではと心配してしまう。私は作業着のまま電車に乗っていた。

 主に中国人ばかりの掃除人のなかに50歳くらいのベテラン掃除人がいた。かれは男なのだが物腰がかなり女っぽく、なよなよしている。言葉ももちろん女言葉で、座るときも足を揃えて正座するのである。私は彼の事を歌舞伎の女型にあやかり「女形の掃除屋さん。」と勝手に呼んでいた。これは私だけでなく、職場のみんなが「彼は男の掃除のおばさんだから。」と述べていた。この女形の掃除屋さんが私の事をひどく気に入っているようだ。会うと必ず満面の笑みを浮かべ、すり寄ってくる。そしていつもうっとりするまなざしで見つめ、一語一語噛みしめるがごとく会話する。会えば毎回「コーヒー飲むー?。」と優しい言葉で尋ね、私が「はい。飲みます。」と答えると本当に嬉しそうに携帯電話を取り出し、清掃現場の近くにある喫茶店に出前を頼むのであった。出前だから1杯500円以上取るのだが彼はどんなに断っても「遠慮しないでー。」と言いながらコーヒーを出前した。喫茶店の女店員がコーヒーを届けるとなぜかいつも1杯だけで、私が「先輩は飲まないのですか?。」と聞くと「私はいいの。」ときっぱり言うだけで飲もうとしない。そして届いたコーヒーを私が飲む姿をまるで穴が開くほど見つめるのである。コーヒーを飲む若い男とそれを見つめるベテラン掃除人の2人だけのビルのフロアはなんとなく緩い雰囲気に包まれていた。誰かに見つめながら飲むのもやや気まずいのだが、彼は案外このように私がコーヒーを飲む姿に何らかのエクスタシーを感じているのかもしれない。そう思うと彼のためにも断るわけにはいかないなと考えていた。

 ある日、いつものように職場に行くとどうも様子がおかしい。聞くとなんでも中国人掃除人と女形の掃除屋さんがトラブルを起こし、喧嘩になったそうだ。彼も曲がりなりにも男なので怒れば怖いのであろう。確かに中国人清掃人の仕事ぶりはひどいものである。まずやる気が全くない。掃除は管理する人が常時いるわけではない。時に自分一人で現場を作業することもある。そんな1人現場や中国人だけの日本人が居ない現場で中国人清掃人は仕事をさぼった。さぼるというより全くしないのだから職場放棄に近い。また匂いがどうのと様々な文句が多く、あの現場やいやだ、この現場もいやだとえり好みが多かった。そんな彼らの職場態度に女形の掃除屋さんの不満が爆発したようだ。本社から役員が飛んできて対応に当たっているようだ。私には「とりあえず別の現場に行って。」と告げられ、そのまま地下鉄に乗って別の現場に移動してしまった。

 某半官半民の会社で夕方の掃除をしていた時のことである。終業の5時になった。職員が居なくなれば床掃除もしやすいし、ごみ箱をきれいにできるのにと思っていたのだが、なかなか職員は帰ろうとしない。よく見ると全員新聞を読んだりしている。なんか邪魔だなと思いつつ掃除していると一人が帰宅しようと立ち上がる。すかさず新聞を読んでいた部長らしき偉い人が「〇〇君、まだ居れば。新聞でも読んで、そうだコーヒー淹れてよ。あと1時間いれば残業代相当付くから。」と言いつつ新聞に目を落とす。帰ろうとした職員はすぐに席に戻り、コーヒーを淹れ始めた。一日中ほとんど仕事もしない人々に給与だけでなく残業代まで支払い、そのすべてが税金である。日本の労働効率が世界最低水準であることを痛感する瞬間であった。朝から夕方までただ新聞を読んでいるだけの部長さんに税金でコーヒーを淹れる職員を見ながら私は自分の給与を削りながらコーヒーを出前してくれた女形の掃除屋さんに感謝していた。