ふと飛行機の窓から下を眺めるとなだらかな山並みが続いていた。朝鮮半島である。やがて機体は滑走路に着陸し、タラップから外に出ると強烈な日差しが照りつけてくる。とにかく暑い。連絡バスに乗り込むと運転手が大音量で野球中継を聞いている。朝鮮語なので何を言っているのかは不明だが騒がしいので雰囲気でそうとわかる。外国に来た実感が湧く瞬間である。
空港ビル内に入った途端、強烈なキムチ臭が私を襲う。というか空港ビル全体がキムチの匂いに覆われている。一体どこにキムチがあるのか探すが、わからない。薄汚い木の扉がバタンバタンと終始鳴っており、見ると飛行機から降りてきた人々が荷物受け取り室に入る扉であった。何で自動ドアにしないのか不思議であるが、人々は荷物や腕で扉を殴りつけながら入ってくる。そのたびに木の扉は激しく音を出して旋回した。イミグレを出ると山のような群衆が待っており、みな大声で何かを叫んでいる。
その後、タクシーを見つけて乗り込むことにした。見たことも無いような車で、「現代」と書いてヒュンダイと読むようだ。車種名はポニー。いかにものんびり走りそうであるが、これがとんでもない。これからすさまじい走りが始まるのである。私はジェットコースターマニアである。とにかく遊園地に行けば真っ先に乗り込み、何度も乗るコアマニアと言える。その私が腰を抜かしたのである。
走り始めは空港前の広い通りを時速120キロ以上で突っ走る。広いから高速だと思い込んだが、そうではなく、一般道路で、有事の際に戦闘機が発着するための滑走路を兼ねているとか。その後、ソウル市街に入り込むが、運転手の100キロオーバーは止まらない。危ないのでは思うが、車の多い市街をすさまじい運転で走り抜ける。他のタクシーも負けじと競り合い、市街地でタクシー同士の仁義なきバトルが繰り広げられている。歩行者も命知らずで、横断歩道でも何でもない広い道をどんどん渡る。車線が多いと歩行者は白線の上に立ち、少し車が途絶えた瞬間に次の白線に移動して待っている。そうして次々と車線ごとに立ち止まりながら渡り切ってしまう。しかし歩行者のわずか数センチの位置を、時速100キロを超える車が通過するのである。これは大変な国に来たと後悔する。私にはこんな芸当は無理だ。これから道を渡るときはどうしようかと考え込んでしまう。
タクシーはさらに混雑した市街に入る。さすがに80キロ前後まで速度を落とすが、乱暴な運転に変わりはない。奈落に落ちるようなすさまじい加速で80キロまで加速し、他の車に追い越しをかける。おびただしい数の歩行者の間をすり抜けて、前に車がいると急ブレーキ。ギリギリで停止してまた急発進、その果てしない繰り返しにいささか嫌になってきた。片言の日本語を話す運転手はそんな危険な運転をしながらやたらと北朝鮮の悪口を言い続けている。特に話が興奮する内容になると後ろを振り向いたまま運転するのでヒヤヒヤする。私はこの戒厳令下のソウルで息絶えるのか。そんな覚悟さえ生まれてしまう。やがてタクシーはホテルに到着した。
その後、ソウル市内の移動は全てこのポニーちゃんにお世話になったが、ジェットコースタータクシー気分だけは変わらない。どの運転手もすさまじい運転で私は肝を冷やし続けたのである。それでも慣れてくると面白くなり、大混雑市街の歩行者ごちゃごちゃ間を80キロ前後で通過しても何も感じなくなってきた。やはり私はジェットコースターマニアなのだろう。それでも市内を歩こうとは思わなかった。とても私には無理だと感じたからだ。

