知人の李さんが家でご飯を食べないかと誘ってきた。家は漢江沿いの高層アパートらしい。年配の日本人Aさんとタクシーで向かい、大体の位置で降ろしてもらう。日本の団地と似ているようで似ていない微妙な姿形で、高さもかなりある。棟数も数え切れないほどあり、川沿いに団地が多いのは東京と同じだなと感じる。お定まりであるが、エレベーターロビーに入るとキムチ臭が漂い、食欲が増す。
玄関扉で呼び鈴を押すと李さん一家が「やあやあ」といった感じで出迎えてくれた。日本と同じ玄関で靴を脱いで中に入る。居間に行くと大きいテーブルに所狭しと料理が並び、楽しい宴会になりそうである。まずは一献と李さんが茶色い酒を出してきた。Aさんが早速コップについでもらっている。私は未成年なのでコーラをもらう。ボトルを見ると中に松ぼっくりが入っている。松酒というらしい。Aさんは一口飲むなり「松ヤニの香りがする。うまい。」と言うではないか。私は松ヤニを舐めたことがあるので思わず嫌な顔をした。魚料理が多いようで、何の魚か聞くが、韓国語なので魚名が良くわからない。まあ食っても死にはしないだろとあるだけ全部食べまくった。ご飯は基本的に茶碗を下に置いたまま食う。持ち上げるのは大変失礼とされ、私がつい持ち上げると李さんから下に置いてくださいとやんわり注意された。茶碗も箸も金属なので置いて食った方が楽ではある。キムチの数や種類もとても多く、日本だと白菜キムチくらいしか知らないが、こちらではこの世に存在する全ての野菜がキムチの対象になるらしい。人参や大根はもちろん、様々な野菜のキムチを堪能できた。中に水キムチという物もあり、これは中身だけでなく、漬けてある水を飲むらしい。Aさんはこの水も飲んでいた。「うん、辛くない。」水キムチは唐辛子をそれほど入れないようだ。
この中で最年長はAさんである。そのため、一家全員はAさんに遠慮して決して食事している口を見せないようにしている。いわば食べる瞬間後ろや横を向くのである。そこまで儒教の教えが浸透しているとは恐れいったものだ。仕方なく私も口に入れる瞬間、横を向いた。しかし李さんから日本人なんだから良いのではと言われ、皆に笑われた。食事の後の歓談時間となるが、Aさんは李さんと韓国の酒を飲んでいる。まだまだ時間がかかりそうだ。
見ると私と同じ19才の少年がいる。李さんの息子のようだ。黒目がちの大きい瞳に抜けるような白い肌、ふさふさの黒髪がたなびく女性のような綺麗な顔をしている。それはまるで美少女である。私はニコニコしながら近づき、適当な韓国語で何か言うが、発音が悪いのか通じない。英語に切り替えたが英語はわからないそうだ。仕方なく2人でただ見つめあいながら微笑していた。その後彼が自分の部屋を見せるというようなジェスチャーをするので付いていく。オンドルという暖房器具があり、なかかな良い部屋である。寝る場所は他にあるらしく、手招きするので見ると、ちょうど押し入れのような扉があり、それを横にガラガラと引くと中がベッドになっているではないか。子どもの頃、押し入れで寝たことがあるが、まさに家に備え付けの寝室専用押し入れである。そんな押し入れ寝室が何カ所かあり、子ども達はここで寝ているらしい。確かに、扉を閉めるとプライベート空間になるので落ち着く感じがする。今思うとこれはカプセルホテルの原型ではないかと思う。カプセルホテルは日本生まれと聞くが、案外これを見た人が発明したのではないかとつい考えてしまった。
